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第6回 鹿児島のNさん(その3)


  2000年から2002年の頭まで僕はニューヨークで暮らした。そこでの生活を終え、帰国してすぐNさんから一枚のはがきが届いた。写真学校の卒業展の案内だった。
 「お元気ですか?もう東京に帰ってこられているのでしょうか?」
 そんな一文が添えられていた。Nさんが卒業の時期を迎えていることに驚き、月日のたつ早さを感じた。
 渋谷で開かれた展示を観にでかけた。必ず観なくてはいけないという思いがあった。それは自分がかつて「写真学校に通うのも一つの方法」と言ったことに対する義務感のようなものだ。
 会場にNさんがいるかもしれないと思ったのだが、いなかった。会えたらいろいろ話したいと思っていたので、残念だった。
 展示されている写真は、まったく予想しなかったものだった。
 電車の中で乗客たちを撮ったスナップ写真で、言ってみれば人間たちの断片だった。それが巧みに切りとられている。意識と意識のあいだ、あるいはまばたきとまばたきの間のような「虚」が写されていると感じた。撮られた者はけっして自分のこんな姿を見たくないだろうと思わせる、ギリギリ加減が新鮮だった。どこかわからないけど、力があると思った。
 すべてデジタルカメラで撮られていて、デジタルという特性もあってか、プラスチックでできたマネキン人形のように見えた。Nさんには、東京はこんなふうに見えていたのだろうか。

 しばらくして僕はNさんに連絡をした。
 「アシスタントをやる気ない?」
 ニューヨークから戻ったばかりの頃、まったく電話は鳴らず、つまり仕事の依頼はほとんどなかったのだけど、少しずつ増えてきてアシスタントが必要になったのだ。とはいえ、日本を離れたブランクは大きく、仕事はなかなか戻らなかった。だから以前のように専属いわゆる直アシは必要なかった。撮影のときや、プリント作業のために週に数日だけ手伝ってくれる人を探していた。
 「やりたいです」
 Nさんは言った。
 そして、Nさんは頻繁に僕の事務所に来るようになった。
 僕はまったくデジタルはやっておらず、する気もなかった。それに対し、Nさんはまったく銀塩写真に興味を持っていなかった。いってみれば対照的なふたりということになるのだろう。それでもネガカラーのフィルムからベタ焼きを取ったり、仕上げのプリントをしてもらった。
 ネガカラーのプリントは全暗と呼ばれる通り、真っ暗の部屋で作業をしなくてはならない。だから慣れも必要だが、とにかく根気がないと続かない。
 Nさんがそれに耐えられるかなと心配したが、取り越し苦労だった。次第に黙々と仕事をこなすタイプだとわかった。
 2年ほど、そうやって僕のもとに通ってもらった。


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東京にしがみついている必要はない

 羽田空港に着くと、雨はさらに強まっていた。
Nさんがチェックインを終えてから、展望台へ向かった。すぐそこに滑走路が見えて、次々と飛行機が飛び立っていく。みんなどこへ行くのだろうか。
 「初めて来た」
 Nさんが言った。僕も同じだった。
 Nさんと並んで、そのひとつひとつの機体を見送るようにみた。
 「東京にまた住むことってあると思う?」
訊ねた。Nさんは少し考えた。
 「どこかほかの場所に住むことはあるかも……東京にしがみついている必要はないと思ったから」

 僕らはコーヒーショップへ入った。
 とくに話すこともなく、ぽつぽつと思いつくことを話した。鹿児島での生活、写真のこと、将来のことを僕は訊いた。
 ふと思いつき、Nさんがはめている指輪にカメラを向けた。ちょっと照れた。やっぱりデートっぽいなと思った。
 「明日からまた仕事」
 車で職場へ通っているのだという。そして、急に思い出したように声を上げた。
 「わたし、まだSuicaにチャージが残っているんです」
 Suicaは鹿児島では使えない。
 時計を観ると搭乗の時間が近づいていた。僕らは立ち上がった。Nさんがコーヒー代を払おうとするので必死で止めた。
 荷物検査のゲート前で別れた。
 金属探知機の向こう側に消えていくNさんに手を振った。やがて見えなくなった。

 翌日、Nさんからメールが届いた。
 「羽田空港まで見送りに来てもらったのは初めて体験だったので、うれしかったです」


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Nさん=永沼敦子  1978年鹿児島県生まれ。2003年に「にせものトレイン」でフォト・プレミオ コニカミノルタプラザ特別賞受賞 

※現在 東京・銀座のガーディアン・ガーデンで2010年2月18日まで個展「目くばせ」開催中。
2月12日には小林紀晴とのトークショーも開催。入場は無料だが、要予約(電話:03-5568-8818)詳しくはこちらまで




image カメラで会いに行く
小林紀晴(こばやし・きせい)
1968年長野県生まれ。東京工芸大学短期大学部写真科卒業後、新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーに。1997年に『ASIAN JAPANESE』で脚光を浴びる。同年『DAYS ASIA』で日本写真協会新人賞受賞。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆など、ボーダレスに活動中。作品集に『homeland』、『days new york―デイズ ニューヨーク』、『SUWA』、『はなはねに』など。他に『ASIA ROAD』、『写真学生』、『父の感触』、『十七歳』など、著書多数。

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