home > GALLERY > スライドショー 米屋浩二 夜行列車の誘い
上野駅
上野駅を撮影したのは、昭和から平成に変わる頃だった。
東北・上越新幹線はすでに開業していたが、お盆や年末ともなると、上野駅の地平ホームは故郷へ帰る人々で溢れた。
当時、山形の田舎から出てきたばかりの大学生だった私は、帰省の手段として、上野駅から出る夜行列車を好んで使った。夜行列車に乗り込む大勢の人々とともに、列車の座席で眠れぬまま一夜を過ごした。新幹線ではなく、夜行列車で時間をかけて帰ることで、故郷との距離を実感したかったのかも知れない。
上野駅の地平ホームはそこだけ東京とは違う、土の匂いがしていた。
1987~1988年撮影 使用カメラ:キヤノンNew F-1 オリンパスOM-3
寝台特急「あけぼの」
小学生の頃にブルートレインブームがあり熱中した。山形県の奥羽本線沿線で生まれ育った私にとって「あけぼの」は、近所で見ることのできる唯一のブルートレインだった。「あけぼの」は幼い私のなかでスターとなった。
時刻表で調べると、当時2往復運行のうち、我が町を通過するのは深夜と早朝のみ。見ることができそうな唯一の列車でも、通過時間は午前4時10分頃と普段は眠っている時間帯で愕然とした。しかし、小学5年生の夏に友人とこれを見に行き、初めて見るブルートレインの姿に衝撃を受けた。
以来、実家に帰省すると決まって「あけぼの」を撮影した。山道を徹夜で歩き、板谷峠の林道から高感度フィルムで未明の通過を俯瞰撮影したこともあった。山形新幹線が開業した後、陸羽東線を迂回した時代には、非電化路線を行く姿に感激し、何度も通った。
現在「あけぼの」は奥羽本線南部を通らず、上越、羽越本線経由で秋田へ出るようになった。とはいえ、列車が存続しているだけで嬉しく思う。最後の上野発青森行きブルートレイン「あけぼの」。いつまでも走り続けて欲しいと願わずにいられない。
1980年、1989年、1993~2005年撮影 使用カメラ:オリンパスOM-3、キヤノンNew F-1、EOS-1、EOS-3
米屋さんのブログ「憧れの寝台特急『あけぼの』」もご覧ください。
夜汽車の記憶
夜行列車が東京駅から多数発着していたのは、そんなに昔の話ではない。2000年代に入った当初は複数の列車が運行されていた。この5年程の間に、まるで夜空から星がひとつひとつ消えてゆくように、少しずつ廃止され、2009年3月の「富士」「はやぶさ」の廃止で東京発着のブルートレインは消滅した。
今では電車寝台の「サンライズ瀬戸・出雲」が東京発着唯一の夜行列車となった。
東京のみならず、大阪を始めとする各都市でも、夜行列車は風前の灯火だ。その一方で、「カシオペア」「北斗星」「トワイライトエクスプレス」など豪華列車の寝台券はプラチナチケットと呼ばれるほど人気が高い。
夜行列車の旅には独特な風情がある。それを、これからもずっと楽しみたい。走り去った夜行列車を振り返りながら、そんなことを思った。
掲載した列車
さくら/富士/はやぶさ/あさかぜ/みずほ/出雲/瀬戸/なは/あけぼの
1985年、1993~2004年撮影 使用カメラ:オリンパス OM-3、キヤノンEOS-1、EOS-3、EOS-5
米屋浩二 (よねや・こうじ)
1968年山形県天童市生まれ。東京工芸大学写真科卒業。
安達洋次郎・真島満秀に師事の後フリーランスとなる。
鉄道と人の結びつきをテーマに日本と世界の鉄道を撮影。 著書に『木造駅舎の旅』(INFASパブリケーションズ)『ニッポン鉄道遺産』(斉木実氏と共著、交通新聞社)など。 日本写真家協会(JPS)会員。
http://www.geocities.jp/yoneya231/
安達洋次郎・真島満秀に師事の後フリーランスとなる。
鉄道と人の結びつきをテーマに日本と世界の鉄道を撮影。 著書に『木造駅舎の旅』(INFASパブリケーションズ)『ニッポン鉄道遺産』(斉木実氏と共著、交通新聞社)など。 日本写真家協会(JPS)会員。
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