人気モデル竹下玲奈さんとの、4年間にわたるフォトセッション。その末に生まれたのが写真集『KARTE』だ。ひとりの女性のみを被写体にしているものの、さまざまな表情を引き出し得ているからか、変化に富んだ一冊になっている。
「ウェブギャラリー」に掲載の写真は、『KARTE』シリーズから選んでいただいたものですね。
今回はハワイで撮影した写真で構成しました。1年半ほど前に少人数でロケに出かけて、集中してかなりたくさん撮ったんです。きちんとスタイリングしてファッション写真として見せている写真もあるんですが、ここではドキュメンタリーっぽいものだけを選んでいます。時間の経過とか、ゆるやかなストーリーを感じ取れるものになればいいと思って組んでみました。
被写体である竹下玲奈さんの、伸びやかな表情が印象に残ります。
そうですね、彼女のことは長く撮っていますけど、ハワイに行ったときの写真はたしかに生き生きとした顔をしています。そもそもハワイロケは、女性ファッション誌『GINGER』の連載ページ「Cast」(2009年4月号~2010年3月号)のためでした。だからもちろん、仕事としての緊張感を失ってはいない。ただ、マウイ島のコンドミニアムにみんなで泊まって、自分たちでごはんも作ってという生活をしていたから、撮る側も撮られる側もうまくリラックスできていたことはたしかですね。
彼女はモデルとして毎日のようにカメラの前に立っているのに、撮られることにはいまだに慣れないそうです。でもそこはプロとして、自分のなかに「仕事の方程式」があるから、どんな撮影でも高いレベルでこなせる。ただ本人としては、そういうことが器用にできてしまう自分に対してわだかまりがあるみたい。ハワイでの撮影のときはリラックスできる環境だったからか、いつも心に引っかかっていることが顔を出さなかった。それであの表情が出たということはあったかもしれません。

写真集を見ると、ハワイの写真以外にも多彩な作品が収録されています。
大きく分けると三つの枠があります。ひとつはハワイの写真。最初に彼女の写真集を作ろうかという話が出たときには、ハワイだけで一冊にしようかと考えたくらいで、これだけでも分量はたっぷりあります。
それから、『GINGER』の連載で撮ってきた写真。竹下玲奈をモデルにファッション写真を撮り下ろす、それを1年間続けました。テーマを決めてスタイリストを選んで、ときちんとやっていたから、毎回たっぷり10ページは作れるほど撮っていました。でも連載だから4ページしかなくて、使わなかったアザーカットが山ほどあります。そこから選んだものを写真集に入れました。
さらには、たまにプライベートで撮ってきた彼女の写真も加わります。結果、280ページというボリュームの写真集になりました。これでもかなり絞り込んだつもりなんですけどね。いろんな状況で撮っていて、カラーもモノクロもあります。カメラだって35mmや6×7、4×5と、いろいろ使っています。
竹下玲奈さんを撮るようになった、そもそものきっかけは?
知り合いの編集者に引き合わせてもらったのが最初です。人気は高いけれど、本人としては現状に満足しきれていないモデルがいる、相談がてら会ってみてはと言われて。じゃあ話だけというよりも撮影してみようということになって、ふたりで街に出てみたんです。初めて撮った一枚は、彼女の眼が疑い深そうにこっちに向けられています。その落ち着かない感じも含めて、すごくいいポートレートだなと思いますよ。これは写真集にちゃんと入っています。最初の1枚目の写真です。
以来、4年も撮り続けてきたということは、よほど互いの息が合った?
それもあるし、もちろん魅力的な人でもあったからなんですけど、続けてきた理由としてはもう少し違うこともありました。この写真集のタイトル、『KARTE』ですよね。ドイツ語で診察記録といった意味。この言葉がうまく象徴していますが、彼女を撮った写真はそれぞれカルテのようでもあるんですよ。
悩んでいる彼女の様子を、撮影しながら見てみようというところから始まっているし、そのあとも、じゃあ今度はホテルのスイートを借りてスタイリストも入れてやってみようとか、いろいろ互いに試していた部分がありましたからね。診察という言葉は強すぎるかもしれないけれど、何かを探りながら見ていった記録ではあるわけです。
何回か撮影してわかったのは、彼女はモデルとしてすごく勘がいい。でもそれゆえ、自分の考えが追いついていかないところがあった。自分のやっていることを、うまく消化できないというか。だから、現場で仕事ぶりをいくら誉められても、そのまま受け止めることができない。それでつい自分の内側に篭って、また悩みが深くなってしまったりする。
そうした悩みが、フォトセッションによって解消していった?
どうなんでしょうね。行き違いなんかもいっぱいありましたけど。半年くらい話をしなかったりしたこともある。そのあたりの葛藤は、彼女が自分で文章にして、写真集に収録してあります。人気のモデルと、彼女をよく知っているカメラマンが、ただ仲良く楽しく撮ったというのとはちょっと違いますよということは示したかった。
竹下さんとの4年間を経て、人を撮るということに関して考えの変化は?
変化というよりも、やっぱりいつまでたっても慣れないものですね。たとえどんなに完璧にライティングをセットして、これでどうやったって撮れると思える準備をしても、要は相手との関係ですからね。その場で相対してみないと何もわからない。いい写真が撮れる確信なんて事前には得られないから、毎回緊張しますよ。撮影が始まってしまえば、被写体しか見ないようになるので、他の雑念なんて吹っ飛んでしまいますけどね。
そんななか、竹下さんのポートレートがこれほど親密な雰囲気なのは、費やした時間の長さによるのでしょうか。
いや、4年撮り続けたといっても、互いにすべて把握しているというものでもないです。彼女との間にはやっぱりいまだに壁がありますよ。もしかしたらどこかで、撮る側・撮られる側という立場であり続けようとして、あえて壁を残している気持ちがあるかもしれない。だから毎回、イチから関係を築かないと。その繰り返しです。たとえば明日撮影があるなら、また大きな壁と正面から向き合うところから始めるしかないです。
今後も彼女とのセッションは続きそうですか?
写真集の終わり方としては、あまり完結した感じではないです。自分としてもこれで終わり、とまとめたつもりはない。ドイツの写真家ヨーガン・テラーが、モデルのケイト・モスを長く撮影していて、彼女が妊娠したときのヌードまで撮っている。同じことをする必要はないけれど、何かしら続いていくのもいいなと今は思っています。これは女性、男性の別を問わずですけど、ひとりの人間を完全に撮り尽くしたと思えることなんて、あるわけないですからね。
(聞き手:山内宏泰 写真:編集部 協力:カフェSOMA)
笠井爾示(かさい・ちかし)
1970年東京生まれ。80年から8年間ドイツで学び帰国。95年多摩美術大学卒業後、96年に初の個展『Tokyo Dance』(Taka Ishii Gallery)を開催。翌年、写真集『Tokyo Dance』『Danse Double』を刊行して注目を集め、ストックホルムとニューヨークにて個展を開く。98年、写真集『波珠』(青幻舎)を刊行。02年にロンドンのバービカン・アートセンターの企画展「Electric Dreams」、03年にはハンブルクのグループ展「Japan, Contemporary Photography」に参加。広告や雑誌、CDジャケット、俳優・女優たちのポートレート撮影を多数手がけている。http://www.kasaichikashi.com/
竹下玲奈(たけした・れな)
1981年、鹿児島生まれ。雑誌「MORE」「Style」「SWEET」「Oggi」「or」「GINGER」などのファッション誌でモデルとして活躍。広告やテレビ番組にも出演多数。
http://www.renatakeshita.jp/
写真展「笠井爾示 KARTE」
東京・代官山のGALLERY SPEAK FORにて下記の期間に開催。
2010年6月11日(金)- 23日(水)11:00-20:00 (木曜休)
http://www.galleryspeakfor.com/
写真集『KARTE』2010年6月発売 発行:Noyuk
http://www.noyuk.co.jp/renatakeshita/