写真好きならば、一度は鉄道を撮りたいと想ったことがあるはず。
そんな人たちを、尽きせぬ愉しみへと導く、新たな写真講座です。
【コラム】忘れられない一枚 “ギラリ”の一瞬を追いかけて
「富士・はやぶさ」
東京と九州を結んだ寝台特急。各方面に運転された寝台特急は徐々に廃止。大分行き「富士」と熊本行き「はやぶさ」は途中区間まで併結して、「富士・はやぶさ」として最後まで頑張った。「富士・はやぶさ」は、2009年3月14日、惜しまれながら鉄道の舞台を去った。
キヤノンEOS-1v、EF50mmF1.4 USM RROVIA 100Fプロ
「1時間遅延での失敗例」
列車が約1時間遅れ、何の変哲もない写真になってしまった。
キヤノンEOS-1v、EF300mmF4L USM RROVIA 100Fプロ
2009年3月14日、特急列車として日本を代表する「富士」と「はやぶさ」が運転を終了した。
去りゆく「富士・はやぶさ」の姿を一枚のイメージに残したかった。
「富士・はやぶさ」などのブルートレインと呼ばれる夜行列車は、先頭車両から撮影すると機関車のイメージが強くなる。それはそれで勇ましいが、より「夜汽車」の感じを表すために、寝台客車を主題に考え、走り去るシーンを撮影することにした。
朝日へ向かって車体を輝かせながら走り去るシーンを撮影することができれば、長年親しんできた列車に対して、自分なりの「惜別」ができると思ったからだ。
2008年11月15日、そのワンシーンを撮影するために掛川駅から菊川駅の踏切でカメラを構えた。計算通り南東の山から太陽がゆっくり上ってきた。早朝の普通電車が銀色の車体をギラギラ輝かせながら通過してゆく。あとは「富士・はやぶさ」の通過を待つだけだ。
しかし、通過予定時間になっても列車は現れない。やって来るのは通勤電車のみ。その間に太陽はぐんぐん昇っていった。結局「富士・はやぶさ」が目の前を通過したのは約1時間後。すでに太陽の輝きは失せていた。
その翌週も同じ撮影を試みたが、やはり列車は先週同様に1時間遅れた。「富士・はやぶさ」は浜松地区で通勤時間帯に差しかかるので、少しでも遅延すると通勤電車のダイヤを乱してしまう。これを回避する事情がありそうだ。
そして翌日も粘ったが、今度は撮影ポイントを移動したため、あえなく失敗。前日の撮影場所へ行くと、現場にはまだ朝日が届いていなかった。愕然として言葉も出なかった。
日の出時刻や角度などを調べると、同じ時間帯に朝日が当たるのは翌年2月20日以降と判明。意を決し、再び掛川へ向かったのは列車廃止まで2週間と迫った2009年3月2日。
「今度こそ定刻で来てくれ!」
凛と張り詰めた早朝の空気を暖めるように朝日が昇ったその数分後、「富士・はやぶさ」が悠然と姿を見せた。機関車に牽引されたブルーの客車は、生まれたての朝日を浴びて黄金色に染まった。神々しささえ感じられる光に包まれ、走り去る「富士・はやぶさ」の姿が線路の彼方に消えるまで、撮影後もずっと見送った。僕はその勇姿をずっと忘れない。
©Koji Yoneya

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よねや・こうじ
1968年山形県天童市生まれ。東京工芸大学写真科卒業。
安達洋次郎・真島満秀に師事の後フリーランスとなる。
鉄道と人の結びつきをテーマに日本と世界の鉄道を撮影。
著書に『木造駅舎の旅』(INFASパブリケーションズ)
『ニッポン鉄道遺産』(斉木実氏と共著、交通新聞社)など。
日本写真家協会(JPS)会員。
http://www.geocities.jp/yoneya231/
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